Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (198)
影響力
代休を終えた翌日。また学校での普通の日常が始まる。一日もあれば左手が使えない不便さにも慣れるもので、本気を出せば割と利き手のみで何でも出来ることに気付いた。あとは無意識に左手を使ってしまわないことを用心するのみだ。
お袋に車で送迎してもらい、校門から少し手前の道で下ろしてもらう。怪我のおかげでラクが出来たと思ってしまうあたり、
夏川
の言う通り楽観的すぎるのかもしれない。のっそりと軽ワゴン車から出ると、近くを歩いていた
鴻越
生がザワッとなった。そう、実は俺は学校の有名人────なわけがなく。
「姉貴……目立つんだけど」
「好きでこうなってるんじゃないっつの」
第四十九代、鴻越高校生徒会副会長様の登場である。
考えても見てほしい、危険が無いはずのただの歩道で、腑抜けた手負いの小男の後ろから突如として猛獣が姿を現し放たれるのだ。
堪
ったものではないだろう。俺なら腰が抜けるね。
口を三角にして行く先を
睨
めつける姿はさながら桃太郎に復讐を誓う鬼のようだ。本来なら歩いて登校するところを車で送迎されて手間が省けたというのに、この濁りきった眼差しである。すれ違っただけで生命を吸われそう。もはや何のためにその顔にメイクを施しているのかわからない。
「ほら、行くよ」
「……」
男からの畏怖の視線。そして女子からのキャッ、という黄色い鳴き声を無視して先を行く姉貴。うっとうしそうにしている割に道のど真ん中を突っ切って行くのはどうしてなんだろうか。端に寄れよ、神社への参拝だったら邪道だぞ。風を切って歩くな、
鎌鼬
のような余波が俺の顔に当たる。
「痛み止めと替えの包帯は?」
「ちゃんと持って来たよ」
前を向いたまま確認してくる姉貴に素直に答える。どうやら自分の怪我を自己管理もできない愚鈍な奴だと思われているらしい。何を
小癪
なと思うものの、冷静に考えたら自分で自分の手に裁ちバサミを突き刺した俺がどうこう言える立場じゃなかった。
「次の体育祭資料と生徒会選挙の要綱案は?」
「もちろんねぇよ」
目線を合わさず何言ってんだこの
女
……生徒会引退するまでパシらせる気満々なんですけど。心配するか仕事押し付けるかどっちかにしろよ。いやどっちかじゃねぇわ、そもそも生徒会でもない俺に仕事渡してくんな。
「何で校門までこんな歩くわけ」
「敷地が広いからじゃね」
「「……ハァ」」
「───おい、そこの陰気姉弟」
珍しく血の繋がりを感じる溜め息が重なったところで、空気にカッターナイフを通すような真っ直ぐで勇ましい声が投げかけられる。見ると、校門の近くで仁王立ちした
四ノ宮
先輩が咎めるような視線でこっちを見ていた。
「仲良く一緒に登校していると思えば何を朝から溜め息を
吐
いている。見てるこっちまで活力を奪われるだろうが」
「
凛
じゃん。教室までおぶって」
「風紀委員長とは思えない暴言っすね四ノ宮先輩。今なら姉貴を引き取ってくれたら聞かなかったことにしますぜ」
「な、何だ……この面倒くささは……」
鬱憤の溜まった状況において四ノ宮先輩のような実直で真面目な存在は絶好の吐き溜めだった。どうか俺の思いの丈を受け取って欲しい、いま俺に必要なのはヤレヤレ系の頼れるお姉さんなんだ。決してオラオラ系のお姉さんじゃない。
「まったく……生徒会副会長というものが何というザマだ。文化祭が終わって気が抜けたんじゃないのか?」
「そうだぞ生徒会副会長。濁った目で周囲を威圧するようなオーラを放つんじゃない。自分の仕事は自分でやれ」
「アンタね……」
「おいこら、私を盾にするな」
「ひぃ」
常人ならば肉壁と言えようが、四ノ宮先輩ならば文字通り鉄壁となって俺を守ってくれよう。今なら姉貴に勝てる───と思ったのも束の間、四ノ宮先輩からネクタイを掴まれ目の前に引っ張り出された。武闘派二人に睨まれ縮こまることしかできなかった。
「はぁ……だって、文化祭が終わって、次の体育祭の担当はそっちでしょ。アタシたちはちゃちゃっと目を通してサインしてお役御免よ」
「それはそうだが……そういう話ではない。生徒の規範としてだな……───ん?」
防衛反応のため両手で頭を守っていると、左の手首を掴まれそっと持ち上げられる。手の甲から内側へと視線を移していくと、目の色を変えてこっちを見て来た。
「お、大怪我じゃないか! 一体なんでこんな事に!」
「え、えっと……?」
慌てる様子から察するに四ノ宮先輩は俺の怪我について何も知らないのだろう。姉貴に視線を寄越すと腕を組んで無言で首を横に振られた。どうやら四ノ宮先輩には何も話していないようだった。
「あー……これはですね───っと」
「アタシが説明しとくから。アンタはさっさと行きな」
「お、おう……」
事情を話そうとしたところで、姉貴の手の甲が俺の肩を後ろに押し込んだ。強い力はそのまま俺を校門から敷地の中へと進ませる。有無を言わせない意図が感じられた。どういうことだ、という四ノ宮先輩の強い目が真っ直ぐ姉貴に向けられていた。
「……んじゃま、お先に失礼します」
個体値高めの二人の対峙。厄介事は関わらないに限る。バチくそ当事者だけど、あたかも部外者かのようにさっさと去ることにした。姉貴が四ノ宮先輩に真実を伝えるか嘘を取り繕うか読めないしな。
目を閉ざして会釈。体を昇降口に向けるまで、四ノ宮先輩の顔を見ないようにした。
◆
扉が開きっぱの教室に入って黒板の上を見ると、時計の針はいつもの登校時間と同じ位置を示していた。車の送迎を良いことにいつもより遅く家を出たから偶然にも帳尻が合ったのだろう。
「……?」
気のせいだろうか、ある程度の生徒が揃っているというのに心なしか教室内の雰囲気がいつもより少し重い。まさか……俺の怪我が原因? いやいや、さすがに大袈裟だろ。そこまで中心的存在じゃないぞ俺。
「おい……おい、
山崎
」
「お、佐城! 怪我したらしいじゃん。普通に登校してやんの」
「別に良いだろそれは」
後ろのロッカーにもたれかかって数人と屯してた山崎に話しかける。こいつも空気を読んで少し抑えめの声で喋っていた。さすが俺と同じ高校デビュー勢、空気を読める男だ。顔色を窺って振る舞っていたあの頃を忘れていない。女子ともその感じで接しろ。
「なに、何で教室の中ちょっと大人しめなの」
「あー……えっとな……? 席に着いてる女子、見てみ?」
「うん……?」
確かに……言われてみれば大人しく座っている女子が少し多い気がする。いや、よく見たら違和感のある女子が何人か居るな。席に着いたまま微動だにしていない後ろ姿が。
白井
さん、
岡本
っちゃん…………あっ。
「気付いたか?」
「さ、
佐々木
は……?」
「
斎藤
さんと一緒に登校してきて、さっさと二人でどっかに行ったよ」
「う、うわ……」
「クラスの癒し系が落ち込む影響力ってデカいんだな……」
「佐々木の野郎……」
妬ましげに言い捨てる
岩田
と山崎の言葉を聞いて思わず引いた声が出る。そうだった……佐々木の事を好いていた女子は妹の
有希
ちゃんと斎藤さんだけじゃないんだった……。
あいつの影響力を考えてなかったなと反省しつつ教室内を見ていると、近くの席に座っていた一ノ瀬さんが後ろに振り返り、俺と目が合った。口の動きから「あっ」と言ったのがわかった。少し慌てた様子で立ち上がると、恐る恐るといった様子でこちらに近づいて来た。
「───あ、あのっ……」
「一ノ瀬さん。おはよ」
「お、おはようございますっ……」
「心配かけてごめんな?」
「ああっ……!」
包帯で巻かれた左手をフリフリ。一ノ瀬さんはギョッとした顔になって顔を青ざめさせ、手をわたわたさせながら俺の動きを止めて来た。刺激の強さも相まったか、どうやら俺が怪我した手を雑に扱っているように見えたみたいだ。
「だ、だめっ……!」
「悪かったって」
俺の袖をギュッと掴んだ一ノ瀬さん。力の強さからその本気度が窺える。露わになっている大きくて丸い垂れ目の瞳が揺れている様子が何とも心苦しい。影響力……影響力か……。
「うひー、こうして見ると痛そうだな」
「厨二病みてぇだな」
「おい、やめろよ。気にしてるんだから」
「……佐城くんが、心配じゃないんですか?」
実は痛みよりもこういうイジりの方が嫌だったりする。いっそのこと開き直って痛い奴ムーブしても良いんだけど、一ノ瀬さんみたいにガチで心配してくれる子が居ると何ともリアクションに困ってしまう。見ての通り、他人事のような山崎と岩田の態度に一ノ瀬さんもプンプン丸だ。
「え? だって───」
「死なねぇんだろ?」
「えっ」
まぁ、男はこんなもんだよな。