Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (74)
女神は見つける
違和感を覚えた。
渉が茶髪の可愛い女の子と話すようになった。藍沢さんと言うらしい。圭とはどこかピリピリしている。そんな三人を見て、何かが変わって行ってしまうような気がして不安になった。でも何故か暫くすると、圭と藍沢さんが親しげに話すようになった。何か事情があったみたいだけど、そのとき私は蚊帳の外だった。
何かが足りないように感じる日常。席替えとともに遠くで渉と圭が前後の席になり、仲良さげに話すようになった。自分の中で良くないものが〝加速〟したように思えた。
───私もあそこに。
話し掛けに行こうとしたけれど、足が動かなかった。
私は今まで、何と言って話し掛けていただろう。その切り口が分からないまま、私はそんな二人の背中をずっと眺めていた。
クラスメイトがうちに来た。みんなが愛莉を可愛がっている光景を見てとても嬉しい気持ちになったけれど、渉が素知らぬ態度をとって来なかったことに何だかモヤモヤした。あんなに執着してたくせに──そんな納得の行かない気持ちが膨らんでいった。
そんな
最中
、同じクラスの
佐々木
くんが愛莉を抱き上げた。愛莉は楽しそうにしていたけれど、佐々木くんに懐く様子を見て言いようもない違和感を覚えて、最後は思わずさり気なく引き離してしまった。
変な感情が湧いた。納得できない感覚……その正体は直ぐにわかったけれど、今度はそんな感覚を抱く自分の神経が分からなくなってしまった。何で、どうしてって……自分の中に生まれた矛盾に、苛立ちが生まれた。
愛莉が一番最初に懐く
男の子
が佐々木くんだったのが嫌だった。
ひた隠しにしていたら圭から怒られた。本音を言い当てられ、圭から渉に暴露された。恥ずかしくて、居たたまれなくて、私は逃げることしかできなかった。
〝佐々木君〟を上書きさせるように、訳の分からない事を言って渉を家に引っ張り込んだ。冷静に考えるととんでもない事をしたと思う。愛莉とは絶対に会わせないようにしてたはずなのに、自分がどうして渉に期待をしているのか解らなかった。でも、そうでもしないと自分の中のモヤモヤが収まらなかった。
渉は愛莉を抱き上げるのが下手だった。だから教えてしっかりと抱っこさせた。愛莉は楽しかったのか、いつも以上に体を動かして渉に甘えた。それを愛莉と同じ目線になって受け止める渉がおかしくて、思わず笑ってしまった。ちょっと可哀想だったけど、愛莉が疲れ切るまで付き合ってくれた事を嬉しく感じた。
違和感が消えた。
ある時、渉が倒れた。頭が真っ白になって何も考えられなくなった。
大事
じゃない事を強く願った。保健医の
新堂
先生からただの風邪だって聞いてホッとした。あんなに元気な圭が、渉を見て顔を
青褪
めさせているのが悲しかった。それほど
私たち
にとって渉の存在は大きくなっていたんだって、初めて自覚した。
高校生になって初めての夏休みは家で過ごす時間が増えた。
文化祭実行委員の活動も週二日と少なく、目一杯愛莉と遊べる事を喜んだ。スマホのメッセージアプリではクラスグループが夜中まで盛り上がっていた。渉も話に交ざったり、他の男の子の発言にツッコミを入れる様子がおかしくてついクスリと笑ってしまった。愛莉に見せると首を傾げていて、その様子がおかしくてまた笑ってしまった。
それから十数日。グループメッセージも落ち着き、夜は遊んだ内容を報告し合うだけの日々が続いた。カラオケにボーリング、こんなお店に行ったという報告を見て羨ましく感じた。
圭は部活で忙しいらしい。毎日アプリを確認してるけど、渉は全くグループに顔を出さなくなった。一方で私はと言うと、愛莉と遊んで週二回は文化祭実行委員会で学校に通っていた。だけど、そこにあの二人の姿は無くて……心の中に中学生の頃では考えられない感情が生まれた。
“………寂しい。”
本当は心のどこかで解っていた……自分が圭みたいな明るい子が居ないと萎縮してしまう内弁慶だという事。しつこくて煩わしくて鬱陶しかったはずの渉に、嫌悪感とは全く別の感情を抱いているという事を。
なんて
我儘
なんだろう、なんて子供っぽいんだろう。そう自己嫌悪をすると同時に、愛莉と居る日常を退屈に思ったことに姉としてショックを受けた。
愛莉に対する罪悪感。圭のように明るく積極的に振舞えない情けなさ。渉に対する矛盾した気持ち。潤いに満ちていたはずの心の中は気が付けば呆気なく渇き切っていて──。
涙すら出なかった。
◆
八月六日。文化祭実行委員会に断りを入れ、私は佐々木君と二人で隣の会議室に足を運んだ。体験入学の行事のために開放された教室だ。中には実行委員会では見ない先輩達が揃っていて──思わずその様相に驚いた。
「なんか……凄いな」
「う、うん……」
容姿が整っている───要は広告としての〝理想の
鴻越
生〟をアピールするにはもってこいの面々が揃っていた。この中に粒揃いの生徒会の面々が居ないのは手が空かなかったからか。
「佐々木君はともかく……私はどうなんだろう」
「いやいや逆だよ逆。夏川はともかくどうして俺が此処に居るんだろうな」
此処に居るというだけで何とも自画自賛しているように思えてならない空気だった。そんな教室の席に腰を据えている自分が小っ恥ずかしくて仕方なく、思わず佐々木くんと顔を見合わせてお互いに照れ笑いを浮かべた。
会議室後方から見て左前のスペースが空いていた。長机の面積を無視するように、その辺りは木製の椅子が乱雑に置かれていた。どうしてあそこだけ、なんて思っていると、会議室に新しい面々が入って来た。
「そういや体験入学は風紀委員主導だったな。文化祭実行委員は生徒会らしいけど」
「あ……そうだったんだ」
片腕に〝風紀〟の腕章を付けた面々は乱雑に置かれた椅子に窮屈そうな顔をしながら座っていく。また一人、また一人と増え、
終
には私の居る席の後ろまで範囲を広げていた。そのあまりにもの人数に、この行事が結構大掛かりなものである事を理解した。
入ってくる風紀委員達を見ていると、続いてとある人物が会議室に入って来た。もしここに圭が居たらきっと騒いでいたと思う。
四ノ宮
凛
風紀委員長───名前の通り凛とした立ち居振る舞いの彼女は自信に満ちた顔で教卓の前を陣取った。
「──ぇ………」
私の目に見慣れた男の子の姿が映る。
四ノ宮風紀委員長の後ろを小者のようにこっそりと通る男の子。彼は怯えるようにきょろきょろと周囲を見回すと、風紀委員の人たちが座る席へ忍び足で向かって行く。
瞬間、目が合った。
渉も驚いたのか、目を見開いて私を見ると小さくシュピっと手を上げて「うす」と言いたげに口を動かした。その姿があまりにも小者っぽくて、思わずふっ、と息が漏れてしまった。
──渉が居る。
曇り掛かっていた頭の中が晴れるように開けていく。渉もこの行事に参加するんだと思うと、まるで鉛が詰まっているかのように重くなっていた胸中が軽くなって行くように感じた。頭が回転し始めて疑問に思う。何で渉が、風紀委員の人たちと同じ席に……?
「───全員揃ったか? それじゃ、事前の打ち合わせを始めようか」
うわっ。
格好良い。思わず心の中でそう感嘆した。こんな女性になりたい。圭ではないけれど、女性ながらに心を震わせてくるような低い声に思わずときめきを覚える自分が居た。四ノ宮先輩は勇ましげに会議を進行していき、体験入学の概要を説明した。惚れ惚れしてしまい中々集中できない。今だけは圭の気持ちが痛いくらいよく分かった。
中学生の引率は学校案内も兼ねる重要な役割だった。一年生の私たちは二人で一校を案内し、要所要所でその場所の用途と設備の説明をする事を申し付けられた。配られた資料に目を通して、私たちの方が色々と知ることになった。
「え、多目的ホールってこんな設備あんの……?」
「知らなかったね……」
自分の通う学校のまだ知らなかった情報に目を引かれる。これを一通り十五分程度で読み込んで、中学生を案内するときは自分の話し方でアピールすれば良いとのこと。台本の言葉を一語一句覚えて話すよりは楽かもしれない。
仕事の内容を頭に入れながら渉の方を見る。久し振りに目にした渉は少し日焼けしていて、髪の色が少し落ちていた。また少し茶髪に戻っているところを見て何だかしっくりした。きっとこっちの方が見慣れているからだと思う。
「な、なぁ……佐城のこと、気になんの?」
「うん……」
「えっ」
佐々木君に何か尋ねられた気がする。渉のことを気にするあまり無意識に返事をしてしまった。改めて意識を佐々木くんに傾けると、口を
真一文字
に結んで資料に目を落としていた。特に広がる会話じゃなかったんだと、私も同じように資料に目を通す。
それからいったん打ち合わせが終わったものの、引率役の私たちはまだ内容の中身を固める必要があったのか会議室に残る事になった。四ノ宮先輩を含めた風紀委員の面々はぞろぞろと教室から出て行き、渉もその後ろに続いて行った。さっきの渉の挨拶を返すように、私も口の動きで何かを伝えようとしたけど、渉がこっちを見る事は一度も無かった。