Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (99)
彼女の真意
真夏だ。まだ朝だっつーのにセミは仕事を始めて外の季節感をいっそう強めて来た。俺も至近距離で絶叫してやりたい気分だ。世の中に世間体とか警察とかが無かったら間違いなくやってたな。もうね、一人二人くらいに指差されたところでどうも思わない。
でも
茹
だるような暑さの割には体が軽く感じる。昨日は自分でも解るほど気疲れしてたのが解ったし、夜10時くらいにはもう寝てたからな……実際眠かったし。
それはさて置きバイトだ。飛び込みのような夏川家訪問でまさか“罰”とやらが使われるとは思わなんだ。一ノ瀬さんに関しては半ば諦めてた中でああいう形で背中を押されたのは大きい。それを罰の代わりにするってのは不謹慎な気もするけど結果オーライだろ、うん。
…………いやダメじゃね?結局夏川が一肌脱いじゃってんじゃん。寧ろ夏川愛華様の御利益を享受した感じだな。女神サンキュ、今度夏川ん
家
の郵便受けに5円玉投げ込んどくわ(事案)。
高架下を沿ってできるだけ
翳
ってる部分を歩く。こっちはこっちでムワッとして湿気が凄いけど、炎天下を歩くよりは暑くない。最近はあんまり運動しないし、いつ熱中症だの何だのになるか分かんないから自分の体を大事にして行こう。
「………入りたくねぇ」
閑散とした通りにある古本屋。一ノ瀬さんはきっともう来てるだろ。昨日もそうだったし、学校に登校したときだって俺が教室に入ったらもう席に着いて本の虫になってるのが日常だったしな。
『───“明日その子から話を聴く”。それがアンタの罰よ』
「……………はぁ」
嗚呼、女神よ。
◆
一ノ瀬さんは居た。固定NPCなんじゃねぇかってくらい昨日と同じ景色だった。強いて違うと言えばもうおデコを出しているとこか。一ノ瀬さんは現れた俺を見た途端に電撃が走ったかのように固まって動かなくなった。なに?一目惚れしちゃったかな?ははっ、緊張してんのかちょっと血の気引いちゃってんなぁ!空元気が止まんねぇぜ!
「……おはよう一ノ瀬さん」
「は、はいっ……!おはようございますっ」
「あの……そんな身構えなくて良いから。昨日はマジごめん」
「は、はいっ……」
ダメだなこりゃ。謝ったからって昨日の今日だし、普通に会話ってのは無理あるか。今は出来るだけ明るめに振る舞って一ノ瀬さんに思うところは無いよってとこをアピールしないと……できっかな?変な客来ませんように……!
「表に店長居なかったけど、どこに居るかわかる……?」
「ぁ……えと、二階に行ってました」
「おっけ。分かったありがと」
オーケー、一度離れよう。小休止。こういうのは最初から一気に距離を詰めるのはリスクが高い。アレルギー治療と同じだ、ちょっとずつ慣れて最終的には平気になっちゃうやつ。佐城アレルギー爆誕なう。治んなかったら不治の病だな。
住居スペースに向かう階段の途中、勝手に上がる訳にはいかないからまあまあの声で『おはようござぁーす』と出勤宣言。奥の方から『おーう』と聴こえた後に『おはよう佐城さん』と声が聴こえた。こういうとき、爺さんならともかく奥さんはちゃんとしてるからほぼ顔を見せる。今回は返事をされただけだからお化粧中だったに違いない。タイミング悪くてゴメンあそばせ。おほほほほ。
いつもの棚から従業員用のエプロンを取り出す。もはやいつでも接客できる状態だ。
ふと横を見ると、手持ち無沙汰になってる一ノ瀬さんがおろおろとしていた。
「まだ開店しないから、表でのんびり古本の整理でもしようか」
「ぁ……は、はいっ……!」
お、おお……?辿々しいけど昨日より良い返事だ。何かを改善しようとする努力がうかがえる。さすが土下座しただけの事はあるな……思い出したら心臓痛くなって来た、あんま考えないようにしよう。
ただ今の一ノ瀬さんを見ていると芦田に言われた事を思い出す。確かに、と思う。『接客のバイトなんて辞めてまた客に戻りゃ良いじゃん、その方が楽よ?』っていうのは同感だ。それなのにああまでして今日もまた出勤して来たのを見るに、今なら何かしら譲れない理由が有るんだと思える。
まだ序盤なのに、昨日より機敏に動く一ノ瀬さん……いやごめん、正直動き回ってる一ノ瀬さんから可愛らしい擬音が聴こえるわ。そんなシュビッとしてねぇな……。
視線の先、本棚の一番上の段に目立つ色の一冊の本が映った。明らかに毛色のおかしい場所にある。たぶんお客さんが買おうとキープして結局買わずに適当に差し込んだからだろ。
直しに行こうとすると、一ノ瀬さんが同じ所を見て「あっ」と声を上げた。俺よりも先に駆け寄って、そこに向かって手を伸ばし───いやいや届かないっしょ。そんな懸命に伸ばしたって足りないもんは足りな───
「あっ!?」
「ちょ───」
少し跳ねるように取ろうとした一ノ瀬さん。手を付いた先は積み重なる本の上で、そのままその本は横に滑った。一ノ瀬さんも思いっきり体勢を崩したもんだから俺も焦ったらしい。
「だ、だいじょぶ一ノ瀬さん!?」
「──ッ!?」
傾いたものを受け止める要領で一ノ瀬さんをキャッチ。
軽
っる……何よこの軽さ!女とTANITAの敵ね!?アナタ絶対お菓子食べても太らないタイプでしょ!そんなの私が許さないわよ!?
………や、マジ軽いな。女子ってみんなこんな感じなの?受験生が抱えてるくっそパンパンの学生鞄より軽いわ多分。
「ぁ、あのっ……!だいじょうぶっ……ですから………」
「あ、うん」
わたわたと慌てて俺から逃れようとする手すら滑らせながら離れる一ノ瀬さん。こう……何だろ、一ノ瀬さんを見てると触れても
邪
な心が湧かないな。罪悪感からか、それとも単純に庇護心を誘う感じの見た目が原因なのか……。
「高いとこは俺がやるから、余裕ある段から順にやってこう」
「は、はいぃぃ……」
か細い声の返事。あらー、昨日に逆戻りか。一気に出鼻挫かれたというか挫いたというか……まぁやる気はあるみたいだからまだ挽回はできんだろ。うん、がんば。
いやそうじゃねぇよ俺。
「………」
「………」
それから無言で作業は進む。毎度毎度、本が散らかされてるわけじゃないから棚の整理なんて速攻で終わるときもある。今日なんかまさにそれだな。週も半分を過ぎると客足は逆の意味で顕著になる。みんな欲しい物は前半に済ますのね。夏休みの課題も同じくらい頑張れや。
「開店、だな。表の札ひっくり返してくる」
「ぁ……!わたしが……」
「ん、じゃあ頼むよ」
急直下したペースというか調子の良さが徐々に戻り始めた。でも何だろう、どうも小走りの動作からピョコピョコなんて擬音の文字や汗の絵文字が見えたり……あれだ、初めてのおつかい。すまんな一ノ瀬さん、心の中で土下座し───うっ、頭が!
気を取り直そう。開店だ。一ノ瀬さんも頑張るだろうけど、変な客が来るってんなら俺も神経使わないと行けない。下手に扱うと爆発する辺りまんま爆弾とおんなじだかんな。アイツらこっちが高校生だと思って自分のつまんねぇ毎日の憂さ晴らししてくるから。その熱をもっと別のもんに使えや。
「やっとるか」
「店長。まぁ……はい、上手いことやれてると思いますよ。まだ序盤ですし」
「何事も無けりゃ良いが……」
トーン低めで問いかけてきた爺さん。ごめん、普段声大きい人がトーンダウンしても普通の音量なんだわ。まぁ一ノ瀬さん外行ったから大丈夫だけど。てかたぶん一ノ瀬さんの方が店長の性格に慣れてるか。
なんて思ってると、一ノ瀬さんが戻って来た。
「や、やりましたっ……」
「よくできました」
「えっ」
あっ。