Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (100)
覚醒せし少女
思わず一ノ瀬さんを初めてのおつかいを達成した子供のように扱ってしまった事実は墓まで持って行くとして、順調な滑り出しだ。あとは接客までこなせるようになればもはやこのバイトの業務はカバーできたと思って良いだろ。こんな簡単なバイトあるかね?まぁ安いしな。
「いらっしゃいませー」
大き過ぎない声でお客さん一号を迎える。普通の読書家っぽいおじさんだ。少し離れた所で一ノ瀬さんの顔が
強張
ったのが解った。昨日の事もあるし、最初の何度かは俺がレジやった方が良いかね。
精査の終わった中古本を並べる手を止めてレジに向かおうとする。すると俺の前にバッ、と一ノ瀬さんが現れて通せんぼして来た。は?何それちょっと子供っぽくて可愛いんだけど?バイトで俺を萌えさせんのやめてくんない?
「わ、わたしがやりますっ……」
「えっ」
え待ってお兄さん感動したんだけど。この成長ぶりヤバくない?あれから精神と時の部屋で修行でもしたのかね。そんなもんあるならそこで俺にゲームをさせてくれ。狩りの時間が足りなさすぎるんだ。
パタパタとレジに向かい、ふんすとした顔でレジに立つ一ノ瀬さん。顔からは緊張が読み取れる。あ、お客さん買うなら早く行ってやってください。一ノ瀬さん、徐々に緊張深まって来てるから。
お、向かった。
「……」
「……ぁ………」
ちぃっ……!無言でレジに商品置いて来るタイプか。放り投げられなかっただけでもマシかもしんない。でもその当たりの強さは一ノ瀬さんにはキツいかもしんねぇな……。
「い、いらっしゃいませ───ひゃ、130円がいってん……になります」
おっ。
「ご、500円お預かりいたします。えとえとっ……ぁ、370円のお返しですっ」
え、ちょっと待ってお兄さん感動(2回目)。成長ヤバくない(2回目)?ホントにどっかで修行して来たんじゃねぇの?精神と時の部屋は実際にあったんだ!貸してくれよ!タダでとは言わねぇから!カラオケと同じくらいの料金で!
「ぁっ……えと」
「どうも。このサイズですとブックカバー付けれますがどうします?」
「おう」
「わっかりましたー」
包装の段階で一ノ瀬さんの限界が見えたんですかさず割って入っておっさん客に尋ねた。おう、という返事は謎の言語だからとりあえず詰めた袋の中に本と一緒に入れときゃ文句は言われない。ほら本と一緒に付けてる。嘘は言ってない。
あざしたー、と言って一礼。視界の端で一ノ瀬さんも遅れず付いてきたのがわかった。おいおいおいおいホントにどうしちゃったんだよマジで覚醒したなこれ!
お客さんが店から出て行くと、一ノ瀬さんは少し恨みがましい目で俺を見てきた。
「……な、なんで入ってきたんですか」
「!」
マジかよ……俺もう要らない子?笑顔でさよならしちゃって良い感じ?今なら何の心配もなく辞められそうだ。昨日のことを土下座返しで謝りたいくらいだ。人って変われるんですねっ……!
駄目だわ、興奮して遠慮とかしてらんねぇ。
「どうしちゃったの一ノ瀬さん!昨日と全然違うじゃん!すごいよ!」
「はわっ……!?」
勢い余って強めに肩を叩きそうになった。セクハラは絶対にしない精神。俺は紳士です。ただ声が大きかったのか、一ノ瀬さんはびっくりした様子で後ずさった。
「何か対策でもしたん!?」
「ぁっ……あの、はい………接客の、動画とか見て……」
「そんなのあんの!」
「はいぃぃぃ……」
偉くね?これ偉くね?新人の鑑かよ責めどころ少しもねぇわ。愛莉ちゃんじゃないけどお菓子の袋詰めあげたいくらい。昨日の俺に姉貴直伝のローリングソバットくらわせたい気分だ。
「良いね……この勢いのまま接客してこう!慣れが大事なとこもあるから!」
「は、はいっ」
調子付いた一ノ瀬さんは棚整理に戻ると言って俺から離れると小さくガッツポーズしていた。どうやら自習した内容が活かすことができて嬉しかったらしい。俺も嬉しいから何も悪い事が無いな!一ノ瀬さんみたいな子は自信を持つのも大切だからこのまま進めば良いと思う。
俺からの激励も効いた───効いてたら良いんだけど、一ノ瀬さんはたどたどしくも積極的に業務に取り組み始めた。ハキハキと話してるかどうかは課題かもだけど、伸び代の伸び方が尋常じゃねぇ。マジぱねぇわマジ卍。
問題は昨日みたいに厄介な客に対処できるかという点だけど、そこはまず普通の接客に慣れる必要があるから一先ず置いといて良いかもしれない。そもそも始めから危惧してたのはそこじゃなかったし?俺だって始めから口調を変えるなんて小芝居ができたわけじゃねぇし?
俺の場合は爺さんがあまりにもお客さんに向かって『そりゃねぇだろ』って勢いで怒鳴るから自分でどうにかしようと思ったからだしな。やむを得ないんだこれが。
「佐城君、
深那
ちゃん、そろそろ休憩に入りなさい」
「ういっす」
休憩をもらって裏に。居間に向かう際、途中で台所に向かう奥さんと会った。この後パソコン教室に行くのか、しっかりと身だしなみが整えられている。
「あ、奥さん。昨日伝え忘れてたんすけど」
一ノ瀬さんには先に行ってもらい、バイトで使う踏み台について今の危険な事も併せて相談。爺さんに話すとそんなもんは要らんと一蹴されちゃうから。絶対面倒なだけだろアレ。
居間に行くと一ノ瀬さんは既に小さい鞄から本を取り出しかけていた。読書欲だけは昨日とは変わらないようだ。
……や、待てよ?休憩はこの一回だけだし、一ノ瀬さんと世間話できるタイミングなんて今だけなんじゃねぇの?バイト終わったらそそくさ帰る派っぽいし。やべぇじゃん夏川からの罰を執行できねぇ。絶対に後で訊かれるよな?
あーっと、えーっと、
「一ノ瀬さん、最終的には辞めると思ってたよ」
「えっ」
おいいいいッ!?なに言っちゃってんの俺!?頑張った子に掛ける言葉じゃなくね!?思いっきり嫌なこと言っちゃったよな!?まあ本心ではあるんだけどさ!
口が滑るっつーのはこの事か……リップクリーム付けすぎたんだな………よく考えたらそもそもリップクリームなんて付けてなかったわ。朝の食パンのマーガリンがファイナルコーティングだった。
逸らしてた目を恐る恐る一ノ瀬さんの方に向けるとそこにはムッとした顔があった。ゴメンね?デリカシー無いんだ俺。朝全部トイレに流しちゃったの。左に捻ったら流れちゃったの。
「……辞めるわけにはいかなかったので」
俺と目が合うと、今度は一ノ瀬さんが目を逸らしながら少し遅れて言ってきた。どうやら辞めたくないって確固たる意志があったみたいだ。昨日のアレじゃまだ心が折れてなかったんだな。
……あれ?“辞めるわけにはいかなかった”?何かちょっと言い回しおかしくない?やっぱ辞めたくても辞めれない理由があったのかね……?
『何で辞めるわけにはいかなかったの?』なんて訊いても『何でオメーに話さなきゃなんねぇんだよええ?』ってなるだろうし……もっと自然な訊き出し方ないもんかね……。
「あーっと……そもそもバイトは何でしようと思ったん?」
「……」
これかな?志望動機っていうか?バイトの先輩っぽい訊き方じゃん。面接の時に店長にも話してる事だろうし、これなら答えやすいんじゃないかと。
一ノ瀬さんは取り出し掛けていた本を元に戻すと、こちらに居直って俯きながら目を彷徨わせた。
「───……自立したいから……」
「なんと」
「え?」
え?自立するため?何それ凄くない?俺そんなの考えたことも無いんだけど。俺がバイトしてる理由なんだっけ?遊ぶ金が欲しいから社会経験しに来ました、だっけ?クソかよ、俺クソかよ。本音と建前、奇跡の共演。
「え?じ、自立っすか?」
「は、はい……自立です」
訊き返しても同じ答えだった。成る程……これが昨日あんだけ言われても辞めなかった理由か。俺とはバイトに臨む姿勢が違う気がする。特別な理由ってか、一ノ瀬さんは社会人的な仕事として捉えてるのかもしんない。それならちょっとやそっとで辞めるわけにはいかないと思うわな。
……でも俺ら高一だぜ?華のJKよ?あ、よく考えたら俺JKじゃなかったわ。J(自意識)K(過剰)?うるせぇよ馬鹿野郎。普通にDKだったわ。ゴリラだったわ。ウホッ。