Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (130)
漏れ出す疑念
「ちょっと。肝心の予算概算表が無いんだけど。許可押せないじゃん」
「うーん、と……」
姉貴の言葉を皮切りに、生徒会室は慌ただしくなった。ちゃらんぽらんに見える
轟
先輩が何だ何だと座っていた身を起こす。
花輪
先輩が手元のパソコンを覗いたり周りを探るものの、その予算概算表とやらは見当たらないみたいだ。
「ふむ……どうやらまだ上がって来てないみたいだな。まだ文化祭実行委員のところにあるんじゃないか?」
「そういえば、去年と違ってあまり報告に来ないね、彼女達」
「おかしいな……滞るような作業じゃないと思うんだが」
「……ハァ」
生徒会長こと結城先輩と、書記の花輪先輩を中心に話し合われる。それを傍らで聴いてた姉貴は面倒だと言わんばかりに溜め息を吐いた。こういったちゃんと仕事してるっぽいところは何だかめっちゃ大人に見えてしまう。
「渉。ほら取ってこい」
「おん?」
何だ。いま骨でも投げられた? 思わず顎で指された方向見ちゃったんだけど。
咥
えて取って来いって? 俺は犬じゃねぇよ何言ってんだこの姉。とうとう頭おかしくなったか? 脳みそが肉まんに支配されたんじゃねぇの?
「何びっくりチキンみたいな顔してんの。文化祭実行委員のとこまで行って未提出のデータ取って来いっつってんの。特にさっき言ったやつ」
「ああ、うん」
「ほら、腕章。そのまま乗り込んでもただの不審者だから」
「いや不審者じゃねぇだろ。俺、生徒」
雑な扱いなんて日常。真面目な仕事の中での雑用なんかは文句の言いようがない。寧ろ家でこのまま動かなくなるんじゃねぇのってレベルで怠けてる姉貴がこうもキリキリしてると「っしゃあねぇな行って来てやんよ!」ってツンデレな気持ちが湧いて来る。そうじゃなくても恫喝されてやらされてるに違いない。
無意識に洗脳でもされてんじゃねぇか、と。
◆
生徒会の腕章を腕に付けて文化祭実行委員の拠点に向かう。「こんな奴生徒会に居たっけ?」って真正面から言われる可能性大だけどまぁ、副会長のパシリですって言っときゃどうにかなるだろ。
でもほら、その……文化祭実行委員って夏川と佐々木居るしな。あんまり行きたくはねぇな。借金を取り立てする側とされる側みたいな感じになるわけっしょ? まぁ、そんな大袈裟な話にはなんないだろうけど……。
「ふぅ……──失礼します」
『文化祭実行委員会』。その札が掲げられた教室の戸をノックして開ける。アクリル製のスライドドアであまり音が鳴らないのは救いだな。まぁそれでもえらい注目はされるんだけど。
「えっ……わ、渉?」
「佐城……?」
入って数秒で俺の名前が呼ばれた。夏川と佐々木だ。2人とも何でここにと言わんばかりの顔でこっちを見ている。……って、ええ……? アイツら何であんなにファイルと書類積み上げてんの? 一年の時点であんなに仕事持つものなん? 違和感感じるな……夏休みにチラ見した時はそんな感じしなかったけど……。
放課後だっつーのにも関わらず余す席なく今日も文化祭実行委員は活動している。自分と同じようにあくせく働くやつが居るって何だか嬉しいな。でも俺は報酬もらってんだよな!すまんなみんな!はっはっはっ!
「えっと……ごめんなさい?」
「ああ、ども。生徒会の代理で来ました佐城って言います。実行委員長の
長谷川
先輩で良いっすかね?」
「え、ええ。実行委員長は私だけど……“佐城”って、もしかして貴方──」
「ああはい。副会長の佐城楓は姉です」
「っ……そう。それで、何の用?」
「あーっと……──ちょっと、廊下まで出れます?」
要するに生徒会側が言いたいのは『お前らが仕事遅くて来ないからこっちから来てやったぞ』って事だ。長谷川先輩も何となく察してるのか、姉貴の名前を出すと急に身構えた。わざわざこんな実行委員の全員が居る場所で言いたくない。夏川に嫌われる。今更かもしれんけど。え、佐々木? 誰それ?
夏川と佐々木の不思議そうな視線を感じながら廊下に出る。少し先まで歩いて、改めて長谷川先輩に向き直る。
黒い前髪をぴっちりサイドに流して、背中に束のような大きい三つ編みを垂らしている。銀縁メガネがキラリ。真面目さとお洒落さを兼ね備えたような髪型だな。姉貴とか三つ編みしてんの見たこと無いけど……やめよう、たぶん似合わねぇや。
「お話というのは生徒会室へ上げるデータについてです。箇条書きですんませんけど、なる
早
で欲しいのが幾つかありまして……。これが無いと生徒会側も仕事が滞ってしまう状況っぽいんです。イケそうですか?」
「………」
結城先輩に書いてもらったメモを渡す。長谷川先輩は黙ってそれを見つめると眉間に皺を寄せた。あっ………これすっげぇ嫌な予感がする。
「………ちょっと待ってて」
長谷川先輩が教室に戻る。中に入って大きめの声でみんなに呼びかけているのが聴こえる。何かを掻き集めているような様子だ。
そのまま10分も経たないくらい。結構待たされたな、なんて思いつつ、出て来た先輩を迎える。
「ごめんなさい……今はこれだけしか………」
「はあ…………え?」
丁寧に渡された書類の束を見て思わず声が出てしまった。付箋が貼ってあって、ちゃんとどれがどの書類かが判るようになっている。や、でもそこじゃないんですよね……。
「あの……え? これ、全部手書きですか?」
「………」
気まずそうに目を逸らす長谷川先輩。繰り返すけど、真面目そうで責任感もありそうだ。仕事が出来なさそうには見えない。
それなのに渡された書類に目を落とすと、全てが手書きだった。内容が手書きとかじゃない、記載する項目の枠組みそのものまで全て、ペンを走らせたものを印刷したような形式になっている。
ふとさっきまでの違和感が蘇る。夏川、そして佐々木の傍にはファイルと書類が積まれていた。他の委員も例外じゃない。カリカリとペンを走らせる音ばかりが響いていた。奥の方でたった数人の先輩達だけがパソコンを触ってた気がする。いやちょっと待ってくれや。
「あの、先輩……? つかぬ事をお伺いしますが、もろもろの書類は基本手書きで進めてる感じですか?」
どうも疑問が浮かぶ。生徒会や風紀委員を手伝った経験があるけど、手書きの書類なんてちょっとしたもので、後はパソコンを使ってデータとして整理してるものが多い。文化祭実行委員は……確か外部からの支援関係のものは決まって手書きの書類なんだったか。あんなに大変なんもんなんかね?
「………」
「あーっと……」
黙る長谷川先輩。答えを言ってるようなもんだよな……。え、どーゆー事? パソコンを扱える生徒が居ないとか? それともパソコンが無いとか? や、でもこの学校カネは持ってるはずだぞ? それならもっと別の事情……? ええ……?
……まぁ。いっか、俺ただのパシリだし。
「とりあえず貰った書類はこちらで持ち帰りますね?」
「あっ、ま、待って!」
「はいい!?」
ぐわっと腕を掴まれた。強過ぎてビビる。危うくもらった書類落としそうになった。
「……言う、のよね?」
「そりゃまあ……言わないと。現に遅れてるわけですし」
「……そう………」
申し訳ないけど、そこはしっかりと。そう伝えると、悔しげに手を離す長谷川先輩。何でそんな顔をするのかも訳わからん。差し押さえの役人引き連れた借金取りみたいな気持ちになるからやめて欲しいんだけど。まさかホントにこんな空気になるとは……。
「……」
……念のため、もっかい教室の中のぞいとくか。
“何かヤバそう”。肌で感じた感想がそれ。これが本当に問題なんだとしたら、実情を確かめてから生徒会に持ち帰んないと姉貴から肉まんの刑に処されそう。肉まんの刑ってなに。
長谷川先輩に事情を話して教室にお邪魔する。見渡しつつ、身近な二人に小声で突撃取材した。すぐ側で女子の先輩が迷惑そうな目で見てくるけど気にしない。
「よう佐々木、夏川」
「佐城、お前。いつの間に生徒会に?」
「副会長にゴリラ居るだろ? アレにパシられてんの」
「ご、ゴリラ?」
「コイツのお姉さんよ佐々木くん……アンタ、いつも他所じゃお姉さんのことそんな風に言ってるわけ?」
「あ、いや……うん、姉貴。姉貴の手伝いをしてる」
「お、おお……」
姉貴をゴリラ呼ばわりした瞬間、夏川の空気が変わった。昨日からの気まずさゼロ、ただ責めるような目で見られた。俺が姉貴に絡まれるエピソードは好物なのになぁ……一方的に下げるコメントはNGらしい。姉貴め、夏川を味方につけるとは……。
「あのさ、書類見せてくんね?」
「や、これは外のやつには見せられなくて──」
「生徒会代理っつったろ。関係者だよ関係者」
「あっ……」
2人の手元の書類を手に取る。片方は『クラス題目リスト』。全クラスから集めた出しものをリスト化してたらしい。んでもう一つは今年度の外部関係者を纏めたもの。もれなく項目ごと手書きなのが一目瞭然だった。
「……これさ、パソコンでやるみたいな話は無かったん?」
「パソコン? こういうのって手書きでやるイメージだけど」
「……」
生の声。佐々木がこう言うって事は最初から何もかもが手作業だった……? や、でもわざわざそうする理由って何? 全体の指針になってる三年生はパソコンを扱えるみたいだし、誰かが扱えないからって全部が手作業になるとは思えない。ここが中学とかならまだ納得できたかもしんないけど……
鴻越
、一応エリートの息子とかも通ってる進学校だぜ?
「……渉……?」
「……んや、何でもない」
とりあえず、早めに生徒会室に持ち帰った方が良さそうだ。