Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (47)
アイドルは女神
モチベーション───それはどんな立場になっても付き纏う行動の原動力だ。子供は身体の奥底から湧き上がるモチベーションで外を駆け回り、中学生は謎のファンタジーに想いを馳せてそれを体現する(※一定層)。そして思春期という過渡期を経て淡い感情に目覚めると、その矛先が向いた相手の事を考えながら湧き上がるムラムラを己の原動力へと昇華するのである。特に男子。
要するに何が言いたいかって言うとだ。
「恋するって凄かったんだな……」
青臭い感想とともに目の前の用紙に目を落として右上の方を見た。
「───“65位”か……」
地獄の期末試験を迎え、ひぃひぃあっ……と言いながら何とか乗り越えた。つらすぎてもはや快楽を覚えるレベル。もっと上位の奴らとかもうマゾヒストなんじゃねぇの?
春の終わりにも中間考査なんてものがあったけど、結論から言えば俺の順位は落ちた。確かそん時は32位だった記憶がある。でも、その時の勉強ってあんまりつらく感じなかったんだよな。
原因に心当たりはある。その時は〝夏川に付いて行く〟なんて鋼の意志があったからだ。そもそもここは中々の進学校……夏川に執着してなけりゃこんなとこに進学なんてできてなかったと思う。今回だって前回に比べると明らかに勉強量が少なかった。てかモチベーションがなかった。
今の俺がもう一度この学校の受験勉強をして受けたらどうなるんだろうな……。65位なんて順位も今までの土台に救われた部分がある。次回もこれをキープできるかどうか……マズイな、次回からちょっと見直さないと。
「さじょっち何位ー?」
「ほぁッちゃ!?」
「グチャった!?」
急に後ろから覗き込まれたらそうもなるわ。誰かに見せる前提で用紙を広げてねぇんだよ俺ぁ。特に芦田なんか直ぐにからかって来んだから隙を見せるわけにはいかない。
後ろの机から乗り出して見ようとして来る芦田を恨みがましく見上げる。俺の警戒に気付いたのか、ごめんごめんなんて笑いながら芦田はすごすご引っ込んだ。
「74位だったよ!」
「えっ」
大人しく引き下がったと思えば芦田は自分で自分の順位を暴露した。中々のボリュームで放たれたそれは確実に俺の耳に入ったし、訊いてもいなかった芦田の順位を嫌でも把握する事になった。
てか、あの、うん? それはあれか? 自分が言ったんだからお前も言えよって事だよな……、絶対にそうだよな。
……まぁ良いか。100位以内は後々貼り出されちゃうっぽいし。芦田に勝ってる以上は弱みにもなんないだろうし。
「ほれ、乱高下してるぜ」
「ろくじゅ──高くなってはなさげだけどね……さじょっち、前回はもっと上じゃなかったっけ?」
「わ、忘れた」
「いや動揺してるじゃん」
何でこいつは俺の前回の順位まで把握してんだよ……そん時知り合ってまだ二ヶ月くらいだろ? 情報網か? 女子ならではの情報網ってやつか……? え、じゃあもしかして他の女子にも把握されてる……?
「ほぇー、どうせまた50位以内だよねって感じで訊いたんだけど意外だったね〜」
「そ、そーゆーお前の76位はどんな手応えなんだよ」
「74位ね。そこんとこ、絶対」
「わぁったよ」
どうやら芦田なりに自分の順位に誇りを持ってるみたいだ。や、「えっへん」じゃねぇよ俺より下なのに何でそんな誇らしげなんだよ。
「前回のアタシの順位! 憶えてる!?」
「憶えてねぇな」
「220位! 大躍進でしょコレ!」
「お前バカだったんだな」
「過去形! 過去形なら許す!!」
あら明らかにテンション振り切ってるわこの子。俺と違ってちゃんと勉強したのね……最近はバレー部で忙しいイメージしかなかったけど、この辺もちゃんと頑張ってたって事か。よし決めた。俺のモチベーションはコイツに負けない事。
「よぉ佐城! お前何位? 俺230位」
こいつ幸せそうだな。
◆
「うわぁしゅごい」
ふざけて言ったと思うだろう? 独り言なんだこれ。気が付いたら喉の奥からこぼれてた。
個人成績発表から数日。教室の後ろの壁に学年順位表が貼り出された。見て見てと喜ぶ生徒、見ないでと隠そうとする生徒、俺はもう気にしないことにした。何よりテストという存在をもう思い出したくない。
思わずキモい言葉が出たのは上から二番目に記された名前。なんとそこに我らがアイドル兼女神の〝夏川愛華〟の文字が。相変わらずハイスペックな才媛だぜ!
前の定期考査の時は俺が32位で夏川が27位だった記憶がある。試験勉強するときすら付き纏ってたからな……あの時はストーカーよろしく順位も後ろにピッタリだったわけだ。
今回のテストで覚醒した夏川。もはや彼女を止める者はどこにも居ない。いやガチで凄いんだけど。やっぱ俺かなり試験勉強の邪魔になってたんだな。確か中学時代含めてもこんな順位いってなかったと思うし。
「愛ちぃ! 半分分けて!」
「な、何をよっ!」
間違いなくクラストップを勝ち取った夏川は芦田を筆頭に皆に取り囲まれていた。以前の俺ならいの一番にあそこに居たに違いない。今でこそそんなガツガツする勇気は無いものの遠くから眺める夏川の照れ顔も悪くない。ふっ……成長したじゃないか夏川。ファン冥利に尽きるぜ……。
「佐城」
「あん?」
呼ばれて振り向く。佐々木が妙に勝ち誇った顔で席に座ってる俺を見下ろしていた。
「な、何でお前がこの教室に」
「いや俺このクラスだから……何でよそ者扱いすんだよ」
悪いな、今は気分が良いのかふざけられるほどお前に余裕を感じてんだよ。イケメンにここまで無感情に居られるのは生まれて初めてだ。やっぱ嘘。弁当間違えられて二段とも白米だったら良いのに。
「どした佐々木。とうとう妹に奪われたか」
「何をだよ! 違う、テストの順位!」
佐々木が妹関連の話じゃない、だって? ありえない……なんてふざけた事を思いつつ佐々木が向けて来た総合順位表に目を通す。佐々木の名前を探すと、俺の名前より遥か上の位置で見つけた。
「29位……やるじゃねぇか」
「だろ? そういう佐城はだいぶ下がったよな。勉強に付いて行けなくなったか? ん?」
くっ……何だコイツ煽りやがって! 嫌味な態度まで絵になりやがってこの二枚目野郎!
これは由々しき事態だぞ。イケてない系の生徒にとって武器は文化系全般───即ち勉強だ。それをサッカー部のイケメン野郎に奪われるのはどうも納得がいかない。俺のモチベーションが予想の斜め上から引き上げられたぞ!
「お前なんか全部のパスがオフサイドになりゃ良いんだッ……!」
「結構最低な事言うんだなお前……」
おかしい。どう足掻いても同じ土俵に上がれる気がしない。
やっぱりモチベーションのお陰か。コイツが急にムカつくこと言い出したのって夏川のことで俺と張り合うためだろ? そもそもスタート地点で能力差がエグいんですけど? しかも俺とっくに何回もフラれてるし。もともとスペック的に恵まれてんだから俺に本気出すのやめてくんねぇかな……。
「自慢すんのは良いけど、夏川に良いカッコ見せたいなら29位じゃダメなんじゃね?」
「うっ……」
あの子学年二位だからね。俺に勝ち誇ったところで何の意味もねぇよって感じ。寧ろ勉強面は
荊
の道じゃね? 一位でも取んねぇとカッコ付かねぇじゃんきっついわ。
って、一位の人すっげぇ名前長ぇな……よく見たら横文字入ってるし。留学生? 留学生ってだけで頭いい感じするんだけど。
「ま、勉強なんか諦めてサッカー頑張れ。PK外すなよPK」
「いやだからって勉強は諦めるようなもんじゃ──くっ、大会前に妙なプレッシャー掛けてくんなお前……」
そもそも佐々木は一年でレギュラーなん? 下手に先輩を差し置いて早いうちからレギュラーとかなっちゃったら妬み嫉みが恐そうだ。まぁ佐々木なら大丈夫だろう、有希ちゃんっつー心強い妹がいるからな!