Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (53)
忘れた本音
「んっ……んぁ?」
…………あ、やっべ。これアレだよな、ガチ寝しちゃったやつだよな。っべーじゃんこれ顔上げた瞬間に先生から「お・は・よ・う」って皮肉られるパターンのやつだわ。うっわやらかしたわ。
てか今どんくらい時間経った? 耳澄ましてどうにか──あん? 何か音が遠くない?耳の奥が詰まってるような感覚が……気のせい?
──や、聴こえる聴こえる。このちょっと気取ったような喋り方……世界史の先生だわ。前髪のセンスが九十年代風で喋りも面白い先生なんだよな。授業がちんぷんかんぷんなときはずっと前髪見てる。たぶんあれセットしてんだよな……フッて息吹きかけたらキレんのかな……キレるよな。
まぁともかく、これは世界史だから三限だな。結構寝ちゃったやつだこれ……あー、後で担任の
大槻
ちゃんに伝わって生徒指導の中村に伝わって怒られるやつかなー……。
……あ、チョークの音。いま先生黒板の方向いてるだろうし、顔上げるなら今なんじゃね? だよな今しかないわ、あたかもさっきから起きてましたよ感出して素知らぬふりしてよっと。せーのっ。
…………あ、あれ? おっかしーな顔どころか頭が上がんないんだけど。や、ガチで。上がんないっつか、もっと軽い力で行けるもんだと……あれ、頭ってこんな重かったっけ? ま、まぁとりあえず頭上げっか。それ、せーのっ───
「ッ……ぅぁ………」
……あっ、これヤバいやつですね。頭痛が痛い、頭痛が痛ぇわ。復唱するほど痛い。頭の前の方が特にヤバい。地球の重力と目に映り込む光や景色が刺激でしかない。情報量がっ……情報量が俺を殺しにかかっております! なに実況しちゃってんの俺……。
あー、成る程ね。耳が遠く感じたのはこれが原因ってわけか。ばっちり体調崩しちゃったわけだな、あーはいはい。
「──ょっち」
あ、いま芦田小声で俺を呼んだよね、絶対そうだわ。こう言う時に限って察しが良くなるっつーか。いや悪いな、今ちょっと返事する余裕無いのよ。
「───んぐっ」
うん、ぐらっぐら。なぁに? 実はまだ俺って首が据わってなかったりすんの? んなわけねぇか、頭の痛みが俺のバランス感覚奪ってるだけだわな。あれ? もしかしてこれ思ったより重症……?
「やっとお目覚めですか?佐城君」
「ぁ───」
バレた。超バレた。んげっ、先生わざわざ俺の目の前まで来てんじゃん。いやまぁ来るわな。自分が教える授業で爆睡してるやつ居たら文句の一つでも言いたくなると思うわ。てか俯いてて気付いたけど俺の格好ジャージじゃん。一人だけジャージとか気付かれないわけがなかったわ。
「その格好の事情はうかがってますよ。まあ不貞腐れる気持ちは解りますが、授業放棄して良い理由にはなりませんよね」
「……あい」
「次からはそういったトラブルも想定して学校に来るように」
「……はい、あの………」
「何でしょう」
「保健室行ってもいいすか……」
思ったよりスラスラと言葉が出る。風邪の引き始めだからか喉がまだやられてないんだな。あなたの風邪はどこから? 私は頭。
あー……でも授業中に言うべきじゃなかったかも。目立つじゃん。保健室行きたいとか何事って感じじゃん。ただ座って聴いてるだけ何てこともできたわけだし、授業が終わるまで待って良かったかもしれないな。
先生は少し驚いた感じで俺を見ると、意外にも真面目に考えてくれたようだった。
「構いませんよ。但し、次の授業までに復習しといてくださいね」
「ふぁい……」
ぐっと体に力を入れて立ち上がろうとして思う。あぁ……やっぱりこのタイミング逃したらまずかったかも。思ったより体が重いわ。目立ちたくないとか、変な我が儘言ってる場合じゃなかったなこれ。
「よっ……とっとっと───とととととっ!?」
「ちょ!? さじょっ───」
「ぐふッ…………」
けたたましく響く衝突音。痛みは無いけど脳を揺さぶられる感覚が鼻の奥を強くツーンとさせた。自分が今どんな姿勢でどんな状態にあるのかよくわからない。ただ口から苦しそうな声が出たから、たぶん教室のドアに思いっきりぶつかっちゃったんだな。
「───っち!! だい───!?」
「ちょ───! ────して!!」
何やってんだよ俺……こんなの余計に注目されるだけじゃんか。早く立ち上がって、保健室に行かないと……あれ、腕ってどこに力入れたら動くんだっけ? おかしいな、実は俺けっこう調子悪いのかも。あれ、つか今何してたんだっけ? え、ここベッドの上? 俺横たわってる? ああ、まぁなら丁度良いや。なんか眠いし、このまま少し休んで……───。
◆
中二に上がるとき、初めて取り繕った。
理由は〝みんなもそうしてたから〟。そしたらびっくり、少し疎まれがちだった俺でも周囲と馴染めて、ふざけ合えるようになってた。それからだ、お試し感覚で始めてみたそれをずっと続けるようになったのは。
全部が全部、本音をさらけ出さないこと。斜に構えて、目に映るすべてのものを穿った見方で見ていたと思う。そして上辺を装っているうちに気付いた。ああ、これが大人になる事なんだなって。〝子供〟という純粋さを失いつつある俺達は純粋に仲良くなる事が出来ないから、だから別の自分を作り出して、本物の自分を守る盾にしてるんだなって。そうやって、手探りするように仲の良い奴を増やしてった。
だけど、〝まだ大人じゃない〟俺はいつでもそれを維持できるわけじゃなかった。きっと、俺を取り巻く誰しもがそんな時期だったんだろう。
その時の俺にとって取り繕った自分を維持できる主なフィールドは教室。まだ慣れていないうちはそこから一歩でも出て一人になると、〝濁りかけの子供〟に成り下がっていた。それが油断だったんだろう。
その時も雨が続いていた。
派手な金属音。散らばる料理と食器。何て事はない、湿気で床が滑りやすくなった食堂で、俺が誰よりも派手にひっくり返ってしまっただけ。今となっては、そんな失敗を誰かに見られたとしても「あーあ、誰だか知らんけどやっちまったな」程度にしか思ってなかったと思う。
でも、その時の俺は違った。自分の評価をとにかく気にする時期、俺は周囲から「ダサい」と、それが胸の内で思われるだけだとしても言われる事を恐れた。やらかした俺を見て音を止め、周囲の誰もが動こうとしなかった事もそれを助長させていたかもしれない。仕方ないんだ、みんなも俺と同じ時期だっただろうから。
その間、一秒も無かっただろう。その時の俺は自分の未熟さを体現するように、顔を見られる前にあろうことか走って逃げ出そうとしてたと思う。
そんな時だ。そうはさせまいと言わんばかりに、とある女子生徒が声を掛けて来たのは。動く事を忘れ、強烈に見惚れてしまったのは今でも憶えている。
彼女の事を知って行き、そして俺がその底無し沼に呑み込まれるまで、そう時間はかからなかった。
◆
視界に映る天井を知ってるか知らないかなんて気にする余裕はなかった。精々解りやすい気持ち悪さを、歯を食いしばって顔に顰める事で何とか緩和する事ができただけだった。
「うッ……クッソ」
最悪の体調なんだろう。自分の運の悪さに対して普通じゃ有り得ないくらいの悪態が言葉になって口から飛び出した。雨と湿気がその元凶と考えると、余計に不快な気持ちになった。
「起きた?」
「……んぁ…………?」
未だ目も開けられてない中、誰かに声をかけられた。
薄
らと漂う薬品の匂い。ここは……保健室? よく憶えてないけど、無我夢中で何とか辿り着いていたらしい。目蓋を開くと、どっかで見たことある壮年の女性教諭。
「保健医の新堂です。朝に濡れた制服を預かって以来ね」
「あ、どうも……」
「憶えてる? 教室で倒れたらしいけど。数人に抱えられて運ばれて来たのよ?」
「……」
全然辿り着けてなかったわ。しかも俺運ばれたの? あらやだ、どこか変なとこ触られてないかしら───余裕有んな俺……本当に体調悪いの……?
いやー、全く憶えてねぇや。保健室行かなきゃって思ったとこまで憶えてんだけど。その後どうしたかは全くだわ。
新堂先生に、首を横に振る。
「俺、風邪すか……?」
「そうね。38.6℃。鼻と咳はまだで……喉は痛い? これから多分まだ上がるわよ」
「まぁじすかぁ……」
日頃の行いかねぇ……こんな災難に見舞われるのも久し振りだ。それこそ何年か振りの重めのやつ。昔っから身体は強めだと自負してたけど、ダメな時はダメなんだな……あー、頭痛い。
「はあ……朝までは全然だったんですけど………」
「糸が切れたってやつじゃない? 車に水を撥ねられたらしいけど、多分それが無くても時間の問題だったと思うわよ?」
「えぇ……?」
「突発的な発熱の症状は怪我や免疫力の低下による自己防衛。免疫力は疲労によっても低下するわ。疲れてたんじゃない?」
まぁ、怪我はしてないしな……え? 俺疲れてたの? 別に激しい運動とかしちゃいないけどな……。
「体の疲れじゃなくて、精神的な疲れとかね。意外と本人には分かんないものもあるわよ。社会人に多いわね」
「社畜……」
「それは未来予知かしら?」
「ぐは……」
精神的な疲れ……おかしいな、心当たりなんて全く無いのに、何故かストンと胸に落ちた気がする。ああ、これなんだなって、納得してる自分が居る。じゃあ一体何がその〝疲れ〟なのかって考えても、答えは思い浮かばない。
「今は寝なさいな。暑かったり寒かったりしたら言いなさい」
「あい……」
眠気は無い。ボーッとする頭でボーッと天井を眺める。いつだったか、何かの理由で点滴を打ってた時の感覚に似てる。薬品の匂いと、蛍光灯の明かり。それと不規則に描かれた虫食いのような模様の天井……あれ箒の柄とかで突くと簡単に穴開いちゃうんだよな……。
頭が空っぽなのが分かる。意識のしようによっては雨の音が聴こえなくなる。頭痛で苦しいはずなのに、何も考えずに天井を見つめてるこの時間が、何故だか心地好く感じるようになった。