Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (106)
デリカシーは………
「ほら、起きなよ」
「んぁ………?」
目を開けると部屋がオレンジ色に染まっていた。そのまま視線を彷徨わせると、時計の針はそろそろ夕方の時間すら終えようとしていた。夏の夕日が差し込んでいるのに部屋は涼しい。エアコンを付けっぱなしだったみたいだ。テレビはゲーム画面のまま。途中で眠くなって無意識の内にベッドに寝そべって眠ったらしい。見下ろしてくる逆光の影は呆れた目をしていた。
「………あねき?おかえりぃ」
「何寝ぼけてんの、今日家に居たから」
「………あー、そっか」
「ご飯できたってよ」
「うぃ〜す……」
今は昔、佐城渉といふものあり。まだ金髪の姉貴に揺すり起こされ、眠い眠いと駄々をこねて居たら胸倉から引き起こされたのが
齢
14の頃である。あれ以来、姉貴の声は俺にとって最強の目覚ましになった。ぱっちり目を開けられずとも、頭の隅々に信号の送受信がフル稼働である。文字通りスリープモード。”Sajo1234″とパスを打ち込めば直ぐに立ち上がる。それでも寝ぼけてしまうのはそもそものスペックの問題。マジXP。
「…………」
「……え?ちょっ、俺のスマホ!」
ふと顔を上げたら姉貴が俺のスマホを握って居た。チラッと画面に目を向けては訝しげな目で俺を見て来る。水が浸透していくようにジワリとその重大性に気付くと、特にやましい事は無いのに慌ててそれを奪い取ってしまった。そもそもロック解除できないはず。
「あ、いや別に変なのはなくて───」
「ヘマはしないようにね」
「あえ?」
忠告っぽいことを言って姉貴は部屋を出て行く。よく考えれば避けもせず俺にスマホを取られた事に違和感を感じた。そもそも興味なかっただけかもだけど。去年の初めくらいから丸くなったよなぁ姉貴。
……いや待て。”ヘマはしないように”?ちょっとそれどういう事ですかね……嫌な予感プンプンするんだけど。まさかホントはロック解除してスマホの中を見られてた……?え、ヤバくね?今の時代いかがわしいもんはネットでだろと匂わせといて実はブツを部屋に隠し持ってんじゃねと裏をかかれることを見越し、その裏をかいてやっぱりネットでウヘヘヘしてたのがバレたと言うのか!?
慌ててスマホを確認。
「────ひぇ」
ロック画面に大量のメッセージ通知。しかもこのスマホの仕様か、その画面のまま上下にフリックすれば未読状態のまま全て確認できちゃう優れもの。既読付けずに内容確認できちゃうね!ははっ、くそ仕様。
【愛ちぃっ!会いたかったよぉッ……!!ハスハス(//∇//)】
【もうっ……圭ったら、変なこと言わないでよ!(*´`)】
芦田ァッ!!!テメーよりにも寄ってこのタイミングになんて登場してやがる!(マジ眼福!!ありがとうございます!!)
姉貴に見られたじゃねぇか!『え、うちの弟どういうのとつるんでんの』とか
絶対
ぇ思われたじゃねぇかどうしてくれんだこのアマ!!(もっとお願いします!!)
おかしい………寝起きだからか知んないけど上手いこと怒りが湧いて来ない………心のどこかで
悦
びを覚えてる俺が居る。頭の中で二人がめっちゃいちゃいちゃしてる情景が浮かぶんだけど前に学校でそれに近いの見ちゃったからより鮮明っつーか何つーかご馳走さまです。
『飯できたっつってんだろ!!』
「うぃーす直ぐ行きまぁっすッ!!!」
超目ぇ覚めた。
◆
【ちょっと時間ちょうだい】
10万ドル事件の後、夏川はそう言って返事を寄越さなくなった。超絶何かを間違ってる気がしたけど俺的には頭ん中を整える時間が欲しかったりしたから結果オーライな気がしない事もない。結果的にゲームして寝たんだけど。
【ねぇその、ちょっと取り乱しちゃったっていうか………】
そう言葉が返されているのは1時間後。寧ろ1時間も何を考えてたのか知りたい。ていうか夏川をもっと知りたい。ちなみに10万ドル稼いでる高校生は日本に居ない事も無いらしい。今の時代、名前が売れれば広告収入で年間1,000万円行くとか行かないとか。SNSとか動画サイトとか、活用できる子って凄いのね。タピオカミルクティー何杯飲めんだよ。日常的にマカロン食えんじゃん。やべぇ思考がマジJK。
「食った………えふっ」
腹に溜まった飯のついでに未読メッセージも最後まで消化する。中盤で芦田の欲求を満たして行くような興奮に対して照れる夏川のやり取りを現世を見下ろし鑑賞する神のごとく愉しむと、最後の方でやっぱり俺のバイト先の話になってる事に気付いた。
【さじょっち、泣かせてないよねぇ?】
【さすがに………でも渉って大人しい子とあんまり話すイメージ無いから………】
【デリカシー無いこと言ってんだろーなー】
いやいや泣かせてないから、昨日はまだしも今日は泣かせてないから、そこんとこ重要。まぁ笑わせてもいないけど。え、てかこういうのって本人の居ないグループとかで話すんじゃないの?すげぇ普通にダメ出しされてんじゃん。
【デリカシーは…………うん】
うわあああああああッ!!!芦田てめぇえええええ!!!
オブラートに包んだようで包めてねぇしッ!!ど真ん中ストレートで土手っ腹抉り込んで来てんですけど!姉貴のコブラツイストくらうよりツラいわ!!
【愛ちが言うんなら間違いないねっ!さじょっちは………あれ?もしかしてさじょっち見てる?既読が……】
【え!?】
【は?何も見てないけど?】
【見てんじゃん!】
【いやマジマジ何も見てねーから。女子同士の会話に割り込まない程度にはデリカシーあるし?何なら同学年の思い悩んでる女子に力貸しちゃってる系男子だから。まぁ年収10万ドルすら稼げず親に養われっぱの落ち目な奴だけど?これからも宜しくね?】
【うわ面倒くさッ!?】
【あ、あれはだからっ………!】
【あっと、芦田さんどうせまだ夏休みの課題は終わってなさげだよねー!勉強の邪魔してホントごめんねー】
【キーッ!ムカつく!】
気が付いたら自分の部屋のど真ん中に突っ立って必死にスマホをフリックしてた。そりゃそうだ、不意にあんだけ言われてムキにならずには居られない。てゆーか事実無根だし?そう、俺は紳士。デリカシーが無かったら芦田に便乗して俺も夏川にハスハスしてたはず。ま、まぁ確かに?ちょっと前の俺なら何の抵抗も無くやっちゃって───ぐっは………今更だけどよくあんな態度取れたよな。何で嫌がられないと思ってたんかね……自分で思い出してダメージくらったわ………。
【な、何か渉が弟っぽい……】
【むぐぐっ………そ、そうだよね!さじょっちこの前ジュース奢ってくれたし!女の子扱い方よく解ってるよねー!】
【あ!そうそう!ていうか愛莉の話はちょっと我を忘れちゃったからだから!】
【すまん、落ち着いた。なんかゴメンな。お世辞サンキュ、もういいよ。満足】
【何なのこの男!?】
いやー萎えたわ。まるで賢者モ───ん゛んっ、ゾーンに入った感じ?俺の黒歴史の破壊力よ。案外鏡で自分の顔見るだけで効果あったりして。急に冷静になれるもんだな。凄い、何か今めっちゃ思考したい気分。存在もしない闇の組織の事とか考えられそう。
「ハァ…………」
深呼吸。ゲップ。
気を取り直して。そっからはお疲れだの何だの言って話はバイトの話にシフト。色々と頭ん中がごっちゃごちゃだったけど、不思議な事に深く考えず、罰から抜け出す事ができそうだった。
【それで、結局どうだったんあの子?】
【超大好きなお兄さんに彼女できたんだと。だから兄離れするしかないいっつって、”自立”って名目でバイト始めたから簡単に引き下がるわけにはいかなかったんだとよ】
【へぇー……よく話してくれたねー、その子】
【あ、だから私に愛莉の話を………】
【さじょっち……例えのチョイス間違っちゃったね】
薄々気付いてたよ。