Yumemiru Danshi wa Genjitsushugisha RAW - chapter (163)
ずるい
「……ほほぅ」
ちょっと分厚めな文化祭のしおりを見てちょっと感動する。そんな気持ちとは裏腹に、口からは後方腕組みプロデューサーみたいな声が漏れ出た。実行委員会を手伝ったりなんかしたし、結構色んなネタを知り尽くしたもんかと思ってたけど、思いのほか俺の役目は蚊帳の外だったみたいだ。
鴻越
高校の文化祭の規模は
他所
の高校と比べると大きい。とはいえ中学時代から経験した高校の文化祭はここだけだし、他の高校がどんなもんかなんて知らない。それでも文化祭のしおりにしてはしっかりし過ぎだし、バラエティー豊富な内容に圧倒された。
一年生は俺たちのクラスみたいになぞなぞ大会や休憩所だったりお手軽なものが多いけど、二年、三年になるに連れ、より凝った内容になってるのがよく分かる。三年なんか他の教室使ってカフェやってるし。化学実験室広いもんな。
「はい! じゃあ今日は明日に備えて早く帰ってね! 寄り道したりしてトラブル起こさないように!」
遊園地に行く前日の子供みたいにワクワクしてると、教卓に出席簿をトントンさせながら
大槻
ちゃんが釘を刺してきた。エスパーかな? 何も買うつもりないのにコンビニとかレンタルショップのゲームコーナーぶらりするとこだったわ。
「大槻ちゃんもソワソワしてんじゃん」
「も〜! 言わないでよ〜!」
山崎から半笑い気味に言われて大槻ちゃんが余計にソワソワしだした。楽しみって言うよりあれは緊張のソワソワだな。何も問題が起こりませんように的なやつ。
こーゆーときに限っていつもと違う事するとロクな目に遭わなさそうだしな……大人しくしとくか。前夜祭がてら遅くまでゲームしようと思ったけど何気にそれが一番リスキーだな。遅刻フラグびんびんっていう。
「──はい、じゃあみんなも気を付けてね。号令よろしく!」
学級委員長こと
飯星
さんの号令を皮切りに解散。大槻ちゃんにああ言われても席に着いたまま談笑する奴、普通に前夜祭がてら「カラオケ行こーぜ」なんて言い出す奴らも居て何かもうドンマイって感じだった。大槻ちゃん眉がピクピクしてんな……むしろ今この瞬間に面倒事が起こりそうなんだけど……よし、さっさと帰ろう。
「じゃあまた明日な、夏川。大槻ちゃん、ヤバそうだから早く帰った方が良いぜ」
「えっ」
大槻ちゃんのキレ方は結構ダルいんだよな……普通に大声で怒るのは良いとして、その週はずっと不機嫌だと思った方が良い。とにかく長いんだよ。そのくせ何か良い事があってルンルン気分になったと思ったら注意力散漫になってミスして教頭に怒られて俺らに愚痴るっていう鬼のコンボが決まる。フルコンボだドン!
芦田を含めて部活とかやってる連中はまだする事がありそうだ。そう考えると俺ってマジで役割少ねぇな。今まで生徒会に風紀委員会、文化祭実行委員会とか手伝って来たけど、それ無かったらマジで暇な奴だもんな。普通に考えて放課後とか自由なはずの時間を拘束されるの嫌じゃん? むしろ何でこんなに仕事してんだっていう。
廊下を抜け、昇降口まで向かってると色んな話し声が聞こえて来る。カラオケ、ボーリング、前夜祭とみんな自粛ムード───って、あ、あれ? 意外とみんなエンジョイする感じ? イベントの前日ってそんなに楽しむもんだったっけ? もしかして粛々と直帰して早く寝ようとする俺の方が異端なの?
「──ひ、ヒトカラって近くに在ったっけ……」
「いや帰りなさいよっ……」
「のわっ!?」
昇降口に付いたものの焦燥感に駆られてマップアプリを開いて検索欄に〝ヒトカラ〟と入力しようとすると、後ろから急に誰かに話しかけられて思わずサイドステップを踏んでしまった。手元が滑って検索欄に〝独り〟と入力されたのを見て悲しい気持ちになった。誰だ! 俺をお独り様にしやがったのはっ……!
「……えっ?」
「寄り道はダメって言われたでしょっ……」
「お、おう……ゴメン」
「べ、別にっ……謝るほどじゃないわよ……」
え、いや、えっ……?
何で夏川が居んの? 何でちょっと息切らしてんの? あんまり髪を乱すなよ、
艶
めかしく見えるぞ?
推しの乱れた姿に限界を迎えそうになってると、推しはふぅっ、と息を整えてムッとした目で見上げて来た。あれ? さっき「またな」って言った時はまだ鞄ゴソゴソしてなかったっけ?
「早いな。何か急いでんの?」
「ちがっ、別に……そういう事じゃなくて」
「?」
訊いてみると、夏川は目を逸らしてぽしょぽしょとゴニョりだした。何気なしにスマホに目を向けると、〝独り〟の検索先に『Bar Solo』が表示されていた。世の中優しくなったもんだな。いつか世話になるかもしれない、覚えとこ。
画面を閉じてスマホをしまうと、胸に萌え袖を当てた夏川がやや真面目な顔で見上げて来た。
「一緒に帰ろ?」
「え、うん」
……うん? え、うん?
いま「一緒に帰ろ」って言ったよな? すげぇはっきり言われたから聞き間違えなはずが無い。もしかして俺はお独り様じゃなかった……?
「……マジで?」
「まじ……何よその確認」
「や、もしかしてそのために急いで来たんかなって」
「なっ……」
あ、やべ。
そう思った頃には時すでに遅し。おどけたように言うと、夏川はちょっと不機嫌そうになってちょっとプイッとそっぽを向いた。まるで俺の事が好きみたいな言い方だしな……こういうのは余計な事を言わないのが吉と姉貴から散々学んでたはずなんだけど。成長しねぇな。
「……め、迷惑?」
「んなわけないって。帰ろうぜ」
「何よ……余裕ぶっちゃって」
何かが悔しいのか、夏川は少し口を尖らせつつ靴を履き替え始める。このままだとスタスタと先を行かれそうに感じて、慌てて俺も上履きシューズをボックスに突っ込んだ。
何だか不思議な時間に感じるな。放課後の生徒で溢れる昇降口で、色んな生徒が誰かと一緒に帰ってて、その中で俺も当たり前のように誰かと一緒に帰ろうとしてて、しかもそれが夏川ってのがまた何と言うか。
「何気にちゃんと夏川と一緒に帰るのって初めてじゃね?」
「え……? 今まで何度も……」
「や、何つーか……今までは芦田が居たり、遅い時間だったりっていうか……ちゃんと〝一緒に帰ろう〟って言ってくれたのが初めてだと思って」
それ以外は俺が付き纏ってたり、先回りしてたり、後を付けてたり──おかしい、〝それ以外〟が不審者過ぎる……え、マジで何で誘ってくれたの。
「そう考えるとやっぱ不思議だな。どーゆー風の吹き回し?」
「ぁ……」
改めて自分の過去の奇行を思い出すとな……こんな奴と仲良くしようとしてる時点でつい疑心暗鬼になってしまう。言ってももう何ヶ月も前の話だし考えすぎなのかもしれないけど。夏川とのことに関してもう傷付きたくないし、その先で傷付けたくもないから。
「だ、だって……」
「うん」
「だって………今日、ずっと
圭
と話してたって……」
「うん……──うん?」
あ、あれ……? 思ってた答えと違うような……もっとこう、今までの事とか含めた総合的な話であって……あ、今日に限定しちゃう? 何かもう一緒に帰っちゃう仲だよな俺たち。当たり前のように友達感があって動揺通り越して冷静になってるわ。これ絶対後から来るタイプだわ。玄関くぐった瞬間に心臓バクバク言い出しそう。
「なぞなぞとか出し合ってたり………ずるい」
「おー……」
萌え袖の隙間からちょびっとはみ出る萌え袖にきゅっと右の手首を握られてゆらゆらと揺らされる。思ったより汗ばんでいて、湿った感触が伝わって来て生暖かく感じた。
いや過去とかどうでもいいわ。今が一番。やっぱ今を楽しめないと幸せになんかなれねぇよな。過ぎた事なんて覆せねぇし、相手がそれを気にしてないなら尚更だわ。考えるだけ無駄。俺いま超ラッキー。
「夏川」
「ん、なに……」
「指、思ったより細いな」
「──っ!?」
左手で外した夏川の手先を、親指でなぞってその温もりを確かめる。無抵抗なその感触の感想を口に出すと、ハッと息を吸った夏川が俺の手を弾かない程度の速さで手を引いた。ここで気持ち悪いと思われようが、それすら幸せだった。やっぱり俺は何も変わってないのかもしれない。
手を引いてそれを胸元に収めた夏川は何も言わず、戸惑った顔で俺を見上げた。遅れて少しずつ顔色に変化が訪れる。それは怒らせてしまったからか、それとも──。
「帰ろうぜ」
「………うん」
昇降口から出て後ろから返って来た声は、とてもか
細
かった。